わたしがSuKi

NIEL BALLY White Tulips 1996 Oil

人種や国籍に囚われない音楽

レイヴ・カルチャーの波

90年代のレイヴブームの興奮ど真ん中の英国で、もっぱら若者の間に流行していた音楽はポストテクノでした。 クラブに行くとハウスミュージックがかかり、踊り疲れて帰路につき、チルアウトを聴きつつ明け方眠りにつく。 翌昼は全身筋肉痛、こんな風に毎週末過ごすのが当たり前。 クラブミュージックが、英国の若者たちの文化的・生活的中心にあったのは確かです。

当時イギリスから帰ってきた22歳の私も、この影響を多分に受けていました。 初めて映画のサントラを作る、それも高校生たちの物語だと聞かされ、これはエレクトロしかない! と、若さゆえの勢いだけで全22曲を二週間で作曲しました。 完成当時、経験不足もあって、録音スタジオではダメ出しを喰わされ、試写会に招いた高校時代の友人にこれで(音楽は)いいの?と感想をこぼされた、ほろ苦い思い出もあります。

そもそもザ・ビートルズに憧れ、リヴァプールに移り住んだ私に、クラブミュージックへ傾倒するキッカケを与えてくれたのは、flat shareで偶然出会ったPaul Bally。 イギリスはウェールズにルーツを持つ南アフリカ生まれのアングロサクソンで、ネルソン・マンデラを信奉している無職の30歳、というユニークな経歴の持ち主でした。

出会った頃の私は、ちょうど日本の両親のことや学校のことで悩み、塞ぎ込んだ毎日を送っていました。 そんな私を見るに見かねてなのか、人生が変わるからとしつこくクラブに誘うPaul。 全く期待せずついて行った「GARAGE」は、ドリンクチャージのみエントランスフィー(入場料)無しの、労働者階級の若者が僅かなお金を握りしめ通うクラブでした。 猥雑で低俗で、欲望がむせ返る、悪目立ちしている外国人で東洋人の私にとって、一刻も早く立ち去るべき危険な場所に間違いありません。

ですが、何か目に見えないパワーも同時に強く感じました。 それがレイヴのうねりだったのでしょう。新しい音楽がまさに生まれる、文化の萌芽に私は立ち会ったのです。その日をさかいに、私の人生観、音楽へのアプローチは全く変わりました。 ワーキングクラスの同世代に混じって、レイヴカルチャーを全身で浴びたことは、英国で得た最も大きな財産の一つです。

「愛の砂時計」からわたしがSuKiへ

映画の脚本ができるまで

私がまだ渡英する前から、両親には「愛の砂時計(仮題)」というHIV問題を扱う映画の構想がありました。 しかしこのHIVの問題を説得力のある脚本にすることが叶わず、長いこと映画化できないまま塩漬けされていました。 私の両親は生前、口を揃えてはよくこう言っていました。

映画の良さは脚本で決まる。良い脚本なら映画は半分できたようなもの

日本に戻った時、母は体調が悪く入院していて、成田空港に迎えに来てくれた父とパオ車に乗って、病院へ直行しました。 その後も入退院を繰り返しながら、翌年、母はついに自ら脚本を書き上げました。 そこに父と私も加わり、皆で意見を出し合ってさらに内容を深めていきました。 いつのまにか、映画タイトルは『わたしがSuKi』に変わっていました。 とても独自性に富んでいて、パオ作品の中でも大好きなタイトルです。

当初のHIVを扱った内容に加えて、援助交際、性暴力、薬物問題まで扱いながらも自然と「いのち・愛・共生」といった共通のテーマに帰結していく。 取り組む教師と生徒、向き合う大人たちと子どもたち。 パオの映画だな、他の誰にも描けない槙坪映画だな、と感じたことを覚えています。

わたしがSuKi SoundTracks

# 曲名 曲解説 プレイヤー
M8 悲しいほど好き メインテーマをピアノとストリングスでアレンジ。亜紀の英樹への想いを表現。当時、全ての音を一台のシンセサイザーとサンプラー(※1)で鳴らして録音しています。
M14 ノーイレギュラー サントラの中で唯一、生楽器(アコースティックギター)を使った曲です。メモリ容量わずか16MBしかなかった為、短い演奏のフレーズサンプリングを繰り返しています。
M16 木村エイジ TR-808のキック音(※2)から始まり、歪んだ音と透明感のあるシンセパッドが交差する授業シーンに流れる曲。木村先生の世代、70年代後期〜80年代初頭を意識したスクエアな曲調。
M22 エンディング ハウスミュージックが好きで、劇伴音楽にも歌入りで挑んだ曲。TR-909、矩形波パッド、コンプされたピアノ、跳ねた暑苦しい四つ打ち(※3)に乗った涼やかな歌声が今でも大好きです。
BG 沙弥香のテーマ 1998年当時、友人らと製作していたPC用ゲームで作った曲(※4)をBGMとして使いました。GM/XG音源準拠MIDIデータをシンセ音源で鳴らしたもの。映画冒頭の喫茶店内で流れます。

作品を印象づける曲の紹介・作曲者による解説です。 プレイヤーの再生ボタン(▶︎)を押すと、すぐに音楽が流れますので音量にお気をつけください。

※1. 使用機材はKorg TrinityとAkai S3000XLのみで、プリセット音にサンプリング音を混ぜています。 ※2. キックとは文字通り足で踏むバスドラムの意。TR-808は日本が誇るRoland社製のリズムマシン。 ※3. 一小節に4つキック(bass drum)が入った音楽の俗称。特にダンス・ミュージックにその特徴が顕著に現れます。 ※4. 曲名は「代々木第二女子」で、学校の教室でヒロインと友人らが会話をするシーン用の曲として作りました。

予告篇動画を掲載

追記:

映画『老親ろうしん』のHDリマスター盤の予告篇動画を老親作品紹介ページに掲載いたしました。

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