星の国から孫ふたり〜「自閉症」児の贈りもの〜

自閉症児のための音楽

映画『星の国から孫ふたり』の音楽づくりはいつもと少し違った立ち上がりでした。

この企画の話が持ち上がってからずっと、私にとって一番の関心事は、実は「どんな風な音楽を作ろうか」ではなく、それより、もしこの映画を親御さんと一緒に観に来てくれた「自閉症」の子が居たとして、果たしてラストまで「音楽」に耐えられるのだろうか、という疑問でした。 例えば今作の冒頭でも登場する、音に超敏感な「自閉症」の男の子。実は音楽が好きなのですが、同時に大きい音が苦手なのです。

実在するモデルのある彼の様に、好き嫌い以前に映画音楽に堪えられない!となってしまう子が出てくるのではないか。 そうなると途中で退席してしまうかも。 それはできれば避けたい。少なくとも緩和することは可能か、可能なら何に気をつけて作曲すれば良いのか。 音量だけの問題か、音色も関係するのか、はたまた特定の音程に反応するのか、調律を変えるべきか……。 そんな風に悩んでみても、答えは出ず、困った私は、オーティズムと音楽を結びつける「音楽療法」にヒントを見出そうと、基礎から勉強することに決めました。 そこで手に取ったのが、ジュリエット・アルヴァン著「自閉症児のための音楽療法(原題:Music Therapy for Autistic Children)」でした。

子育てに臨む大人たちの応援歌

星の下降線を辿って

J・アルヴァンの本では、5度音程で下降あるいは4度音程で上昇する旋律に対して非常に素直な反応を示すと英国での幾度かの実践結果が楽譜付きで紹介されてありました。 音を空気の振動としてみたとき、根音と完全5度の関係は整数比になります。昔からこの音程の響きは特別で、純正律でも平均律でも不変です。 カデンツのドミナント進行。私の疑問は文字通り解決し、感覚的にも理論的にも腑に落ちたのです。

基礎と理論、実践を経て

こうしてこの「素直な音程」を糸口に、まず習作「星の下降線」を作りました。 対位法による二声カデンツで、アルヴァンを参考に5度音程で最低音が鳴り、最高音は係留音を含んだ長4度跳躍。 ついでに調性への反応も確かめたかったので、小節ごとに下属調への転調を繰り返します。 平均律のほか、純正律、ピタゴラス調律、ヴェルクマイスター、ミーン・トーンなど異なる調律のバージョンも用意しました。 それらをCDに録音し、地元の小学校へ協力をお願いして、実際の特別支援学級に通う児童たちに聴かせてもらいました。 といっても、音楽鑑賞用ではなく、普段の授業中にBGMとしてさりげなく流して欲しいと頼みました。

私は期待と不安をもってその反応を待っていましたが、後日、子どもたちは「特に反応を示さなかった」と報告を受けました。 これはまったく想像だにしなかった結果でした。 音に敏感な子がたまたま居なかったからなのか、デモテープの出来がアルヴァンの言う通り、児童たちの神経を刺激せずに済んだからか。 真相は分からないままでしたが、ある意味吹っ切れて、自分がいいと思う音を作ろう、という思いに至りました。 基礎を実践して得た感触のおかげで、このスタート地点さえ見誤らなければ大丈夫、という自信も芽生えはじめました。

星の国から孫ふたり〜「自閉症」児の贈りもの〜 SoundTracks

# 曲名 曲解説 プレイヤー
M1 星の子のワルツ 冒頭の図書館のシーンにピアノとクラリネットが静かに重なり、一転、ギターとピアニカと打楽器が入って賑やかに。かおる・らんの登場シーンに流れるメインテーマ曲(※1)
M18 ゼロからの出発 調やアレンジを変えて何度も登場するサブテーマ曲の完結。親の視点からみた子育ての喜びや葛藤を音にしました。夫婦喧嘩のシーン(※2)のM8が初出です。
M23 瞳は輝いて きっぱりと「療育とは、無条件に可愛がり、愛すること」と言いきる、ひとみのテーマ曲。デモ段階ではNicke1(※3)という曲名でした。歌声はomit(※4)してあります。
M26 エンディング 歌入りを器楽にアレンジし直した曲(※5)。映画本篇では「デュワイン!」が入って印象に残らないかも知れませんが、最後に娘の声(当時2歳)をさりげなく入れてあります。
Demo 星の下降線 試行錯誤のスタート地点。純正律バージョンです。本篇音楽と方向性が違うように感じるかも知れませんが、こうした習作は今回の作曲作業にとって必要不可欠でした。

作品を印象づける曲の紹介・作曲者による解説です。 プレイヤーの再生ボタン(▶︎)を押すと、すぐに音楽が流れますので音量にお気をつけください。

※1. 打楽器類は、ダンボール、アルミ缶などの生活用品を叩いて鳴らしています。 ※2. できるだけ暗くさせず、明るくしたかったので、スウィングした曲調で統一しました。 ※3. ニーケーとはギリシャ神話の勝利の女神ニケ、ローマ神話ではヴィクトリアです。 ※4. 英語で「省く」を指す動詞。映画製作の現場では、削除あるいは欠番の意味で用います。 ※5. 高校時代にスタジオで初めて演奏を録音した曲「Shade Behind」を十数年ぶりにセルフカバーした後、インスト編曲したものです。

予告篇動画を掲載

追記:

映画『老親ろうしん』のHDリマスター盤の予告篇動画を老親作品紹介ページに掲載いたしました。

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