母のいる場所

母から祖母ははへ贈る感謝の言葉映画に

家族にできること

2003年当時、我が家はヘルパーさんやデイサービスを利用しながら、認知症の祖母の世話を家族で回す在宅介護でした。 具合が悪くなれば入院し、快復すれば家に戻ってを繰り返すうち、やがて徐々に衰えていって自然と最期を迎える……。 専門的な知識も経験もない私にとって、介護とはこういうものという思い込みがありました。

母、槙坪夛鶴子にとって、慢性関節リウマチを抱え、映画の仕事を続けながら、どうやって老いた祖母を看るかは大きな課題でした。 自分の事もやっとの身体で、家族の負担を前提とした在宅介護ではいずれ支えきれなくなる……。 老いた祖母、そして障碍のある自分が、最後まで尊厳を失わず、本人らしく生きていくにはどうすれば良いかずっと考えていた様です。

そして、久田恵著「母のいる場所〜シルバーヴィラ向山物語〜」に出合います。

物語に登場する、在宅介護の末に家庭崩壊の帰路に立たされる家族。 そうした現実を、いかに前向きに乗りこえて生きていくか、そのヒントに、或いは希望になるよう、槙坪夛鶴子は映画『母のいる場所』を作ったのでしょう。 と同時に、ずっと支えてくれた母親(祖母)への感謝の念、個人的な強い思いも表現したかったはず。

映画完成後、しばらくして祖母は亡くなりました。 今回この原稿を書くにあたり、久しぶりに映画を観かえすと、実に沢山のシーンに祖母がエキストラ出演していることに気が付きました。 スクリーンの中の祖母は、夢のようなホーム「シルバーヴィラ」に通う、まるで本当のお客様の様です。

父から息子、子から親へと

前作『老親ろうしん(2000年製作)』のなかで、祖父の介護をめぐり息子が「お祖父ちゃんなりの自立を尊重してあげて」と母親を諭そうとするものの、逆に「家庭の土台を女に担わせた男の無責任な理想論よ」と、返えす刀で論破されてしまう場面があります。 長男の嫁を強いられ、長年にわたる舅のお世話の末に離婚。自分の人生を取り返した主人公・成子が息子を男代表に見立てて一喝する、というドラマ展開としては小気味良いシーン。 なのですが、自分としては少々残念な気持ちになったものです。 いつか、このやり込められた息子に代わって、男に生まれた自分でも、介護だって生活的自立だって出来ることを証明してやろう! そう密かに心に刻みました。

そしてその想いは、母亡き後、会社を引き継いだ父の映画『ともに生きて(2015年製作)』製作に関わり、完成と同時に病に倒れた父の代わりを務めながら、在宅介護の末に看取ったことで果たせたと思っています。

介護をする者、される者。どちらも幸せじゃなきゃな……俺らはまだまだ

なんて、一々私の気配りが足りないことに対する嫌味を聞かされながら、尊大で無遠慮な父親に対して慈愛と献身を貫くという、まさに修行の様な日々でした。 なんとか持ちこたえられたのは、母の臨終に立ち会えなかった分、父のことは何がなんでも看取るぞ、という強い意地があったからだと思います。 外回りの仕事をぬって買い出し、体調や嚥下に合わせた食事を作り、風呂の介助し、眠れぬ夜は話し相手に、手足がダルいとマッサージを、思い出話に花を咲かせ、励ましなぐさめ時には諌め、一緒に泣いたり笑ったり……盆栽のお世話まで。 できる限りのことをすべてやりました。 短い時間でしたが、私にとって父との介護生活は、ある意味で人生の集大成でした。

母のいる場所 SoundTracks

# 曲名 曲解説 プレイヤー
M2 ピアノ小曲 いつも"M2"には悩まされます。物語は動き出したばかり、音楽的動機の高まりを掴むのが難しい。今回は、絶対音楽(※1)としてアプローチした結果、運良くサブテーマになりました。
M5 大海へ 道子の介護と息子の世話を父に任せて、フィリピン取材へと旅立つ泉。日本は梅雨。紫陽花が静かに雨に打たれる庭を見つめ、母の帰りを待つ息子遼の心境との対比(※2)を描きました。
M11 父の一日 道子がホームに入所した後も、在宅介護の頃からちっとも変わらぬ頑固なままの父・賢一郎、その変わらぬ一日。ユニークなホームの面々との係りあいをコミカルに表した曲(※3)です。
M20 母のいる場所 映画のメインテーマ。M1とはアレンジが異なる素朴な編成。エンドロールの曲。歌入りの完成品がダビング当日にNGを出され、翌日までに縦笛(※4)を録音し再提出した苦い思い出が。
M12 森の未来 喫茶室「花ちゃんクラブ」で流れるBGM候補としていくつか用意した自作曲(※5)のうちの一つ。M20再録の為ダビングに立ち会えない間にM採用された事を、完成試写で知る羽目に。

作品を印象づける曲の紹介・作曲者による解説です。 プレイヤーの再生ボタン(▶︎)を押すと、すぐに音楽が流れますので音量にお気をつけください。

※1. 標題音楽=タイトル内容を現した音楽、と異なる純粋な音楽の意味で用います。 ※2. 親に対して子が抱える複雑な心境を描く、今作に於ける隠されたテーマです。 ※3. 世界3大ピアノ ベーゼンドルファーの低音が、父の重々しさに合っています。 ※4. 歌入り版は、録音の木村瑛二さんの推薦のおかげで予告篇に採用されました。 ※5. 元々とあるコンペで賞を戴いたご縁で、委嘱を受け作ったオリジナル曲です。

予告篇動画を掲載

追記:

映画『老親ろうしん』のHDリマスター盤の予告篇動画を老親作品紹介ページに掲載いたしました。

この続きを読む